「いつまでそこにいるんだい」
「いつまでも」



彼は棺の前で花を添えるわけでも、手を添えるわけでも、何をするでもなくただそこにいた。彼はただその場に立ち尽くして、棺を眺めていた。
彼は不幸だったのだ。


「なんだろうな」
「なんだろうね」



僕は彼の隣に片膝を立てて不幸な彼のために棺に花を添えた。彼は何も言わなかった。彼は何もしなかった。


「なんだろうね」


僕はもう1度そう言って、目を瞑った。

ーーーー

ユーリ・ローウェルには愛しい想い人がいた。あの皮肉屋のユーリ自身の口から愛しく想う人ができたと聞いた時に僕は目を見開いて驚いてしまったものだ。あのユーリに想い人が。今考えてみればあれは牽制以外の何物でもないわけであるが。何しろその想い人は僕の後輩にあたる人物であったのだ。ユーリが恋に落ちた相手の名前に僕は疑問符が落ちた。何故彼を。僕は定番台詞である応援するよ、とだけ返すのではなく、正直に疑問を口に出した。何故彼を。ユーリは心底楽しそうに笑って、見ていたいから、とだけ口に出して答えた。彼らしい何とも短的で分かりやすい、彼らしくない返答だった。僕は少し違和感を感じながらも1人納得して今度こそ、応援するよとだけ返した。見ていたいから、なんて。何ともむず痒くて甘ったるい。恋は性格をも変えるのかと、無理矢理結論を付けた。

ーーー


むせび泣く声はよく聞きなれた持ち主のものであって、僕は背中をさするしかできない。棺の前には赤茶色の髪を持つ僕の後輩。彼の話によると彼の最後の親族が亡くなったらしい。掠れた声でなんとか捻り出された台詞に僕は言葉を失った。つい先日は彼の一番の親友が亡くなったと聞いていたから。何も言えるわけがない。僕には。親友ならなんと言うのだろうか。やはり、何も言えないのだろうか。


「フレンさんごめんなさい、いつも隣にいてくれるのに泣いてばかりじゃいけませんよね」
「いつも強がりな君が甘えてくれて僕はとても嬉しいんだよ」
「ありがとうございます、今だけ、今だけでいいから隣にいて、」


アスベルはいつだって泣き言1つ言わなかった。それこそ泣いた顔なんて見たことがない。そんな彼が今僕の胸のなかで声も殺さずに泣いている。背中に回された手が震えていた。僕はただただ黙って彼に胸を貸した。辛かったよね、大丈夫。僕が、僕達がいるから。一人ぼっちになってしまった彼のために僕も泣いた。彼は不幸だった。不幸にさせられた。僕が。僕だけが彼の不幸を知っていて。僕だけが、彼の幸福を知っている。酷い話だった。僕には、何も出来ないのだから。


「アスベル」


後ろからユーリの声がした。途端アスベルの体が離れて僕の体は空っぽになった。アスベルは恥ずかしそうに、涙でぐちゃぐちゃになっていた顔を擦ってユーリのもとに走り出した。ユーリさん。いつの間にか近くにいた親友は後輩の名前を呼ぶと優しく頭を撫でた。もう大丈夫だからな。?。
何が。大丈夫なのだろうか。アスベルは既に落ち着いていて、ただ頷くだけだった。僕が。僕だけが彼の不幸を知っていて、僕だけが彼の幸福を知っている。アスベルは1人になってしまった。幼馴染みは、ユーリはきっと今とてつもなく幸福なのであろう。誰よりも愛しい人の不幸を間近で見ているのだから。



ーーーー



「ユーリさん、フレンさん、また来てくれたんですね」


長年の想い人の親族の墓でユーリは何もしない。ただ其処に墓があるだけで、何の感情も抱いてはいないのだろう。ましてや話したこともない、赤の他人の墓に彼は平然とやってくる。まるでざまあみろとでも言うかのようだった。




「家族もきっと喜ぶと思います」




奇しくも彼の科白はユーリには届かない。届くのは全てを亡くした想われ人が、頼る先は最早己だけという優越感のみであろう。僕のするべきことがようやく出来た気がした。










(どうか彼等の行先が幸多からんことを!)




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